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※医学部医学科三輪講師監修 医学部志望者に伝える「国語力という名の生存戦略」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導】

みなさん、こんにちは。 今回は、医学部医学科在籍の三輪講師に監修してもらい、ブログにしました。 個人的には非常に貴重な内容ではないかと思っています。 三輪講師曰く、「医学部は理系だから、数学と理科ができれば合格できる」 もし心のどこかでそう思っている人がいるのなら、それは、手術室にメスだけ持って入り、麻酔も止血鉗子も持たないような無謀な振る舞いと同じ、だそうです。 手厳しい…💦 なかなか過激な表現で始めましたが、確かに私自身多くの医学部生を送り出し、卒業して現場に出ている教え子達と話している中で言えることがあります。 それは、「医学とは、究極のコミュニケーション学であり、読解の学問である」ということです。 なぜ医学部において、そんなことが言い切れるのでしょうか。 そのエビデンスを、受験、大学生活、そして臨床現場という三つのフェーズから説明しましょう。 受験の現実 国語が「合否の防波堤」になる まず、目の前の入試についてです。多くの国立医学部では、共通テストの国語(200点満点)が課されます。二次の配点比率が高い大学もありますが、ボーダーラインが9割近くになる医学部受験において、国語での失敗は致命傷になります。 ここで見落とされがちな事実があります。大学にもよりますが、二次試験に配分される共通テストの数学(1A・2B)の合計点と、国語の配点がほぼ同等に設定されているケースが少なくないことです。 つまり、数学と同じだけの比重を持つ科目であるにもかかわらず、軽視されやすいのが国語なのです。 理系科目においては受験生同士の差が生じにくいくらいみんなハイクオリティで仕上げてきます。正直、数学や物理で差をつけるのは非常に難しい。 しかし、国語はどうでしょうか。 多くの理系受験生が国語を軽視し、対策を後回しにします。ここで安定して共通テスト現代文で8割、9割を取る「読解の型」を持っているとそれが理系科目で万が一計算ミスをした際の強力なバックアップ、いわば「防波堤」になります。 しかも、国語(現代文)の学習においては、こと読解力の習得という点で言えば、膨大な時間とコストがかかり、現代文の対策を後回しにした結果、受験までに間に合わない可能性が大いにあります。 筋肉がすべてのスポーツの基盤であるように、語彙力が国語の基盤です。その語彙力を身に付けるのに多くの時間がかかり、さらにそれらを使ってさまざまなジャンルの文章を読む力を少しずつ少しずつ身に付けていき、読むことができる文章レベルをゆっくりと少しずつ上げていきます。 国語力とは、コーヒーをドリップするようにじっくりと身に付くものなのです。 だからボーダーラインが9割近くになる医学部医学科受験において、国語(現代文)は、学習計画も含めて失敗が致命傷になることがあります。 加えて近年の入試問題の傾向を見ると、理科や数学の問題文自体が長文化し、複雑な条件設定を読み解く力が求められています。 「問いが何を求めているのか」を瞬時に、かつ正確に把握する力——これは国語力そのものです。 問題文の読み違えで失点する生徒は、数学ができないのではなく、さらにちゃんと読んでいなかった凡ミスでもなく、国語ができていない可能性も否定できないのです。 …ネガティブな話ばかりをしてしまいました💦 しかし、視点を変えれば、国語(現代文)ができるというのは他科目に比べ、大変に有利なんです。 国語は英単語や理科のように膨大な暗記を必要とする科目ではなく、一度読解の型を身につければ安定して得点し続けることができます。そのため、早い段階で基礎を固めておけば、直前期に国語学習に多くの時間を割く必要がなく、理科や数学にリソースを集中させることが可能になります。 まさしくこれは受験戦略上、非常に大きなアドバンテージになります。 大学生活:膨大な情報を「構造化」する力 晴れて医学部に合格したみなさんを待っているのは、長い歴史の中で人類が積み上げてきた膨大な医学知識との格闘です。解剖学、生理学、薬理学……。これらを単なる「暗記」で乗り切ろうとする学生は、必ずどこかでパンクします。 医学書を読み、最新の論文を読み解く際に必要なのは、情報の「構造化」です。「この症状の主因は何か」「それに対する仮説はどこにあるか」「論理的な飛躍はないか」——これらを判別するのは、国語の時間に培った「段落の関係性」や「論理構成」を把握するスキルです。 これは、まさしく当塾で行う「構造読解」にあたります。 構造読解の重要性は、「どんな文章をも読解できる汎用性のある論理的思考」であることに尽きます。 そして、当塾で行うもう一つの修英式読解メソッドである「論理読解」による「クリティカルシンキング」は、医学において批判的に読む姿勢を求められた際に最大限に生かされます。 患者さんの価値観や意向、最新の医学的エビデンス、医師の経験を統合し、目の前の患者さんにとって最適な治療を決定する医療の在り方であるEBM(Evidence-Based Medicine)では、論文のデザインやバイアス、統計的有意差と臨床的意義の違いを読み解く力が必要です。 これはまさに、文章の前提・主張・根拠の関係を分析する高度な読解力に他なりません。 膨大なテキストからエッセンスを抽出し、自分の知識体系に組み込む力。 このスピードと精度こそが、進級を左右し、国家試験の合否を分けるのです。 臨床現場:言葉は「診断」と「治療」の道具である 次に、医師になった後のことを想像してください。 医師の仕事は、患者さんの話を聞くことから始まります(問診)。 患者さんは必ずしも論理的に話してくれるわけではありません。不安、痛み、混乱の中で発せられる断片的な言葉の中から、隠れた真意を汲み取り、背景にある文脈を読み解く力が必要です。 これは、小説の読解で登場人物の心情を「客観的根拠」に基づいて推察する「論理読解」におけるプロセスと全く同じなのです。 医療ミスをして「患者さんの求めていることをつかみ取れなかったから仕方がない」では済みません。決して大げさではなく、読解力が人の生死を分けると言っても過言ではありません。 当たり前ですが、患者さんの背景が一様ではありません。 高齢者、幼い子ども、日本語に不慣れな外国人、あるいはコミュニケーションに障害を抱えた方など、医療現場では「正確に言語化された情報」が得られない場面が日常的に存在します。 例えば、高齢者では症状の表現が曖昧であったり、幼児ではそもそも症状を言語化すること自体が困難です。また、外国人患者では言語の壁が存在し、伝えたい内容がそのまま伝わるとは限りません。このような状況において医師に求められるのは、断片的で不完全な言葉の中から本質的な情報を抽出し、相手の感情や意図まで含めて理解する力です。 すなわち、「何が言われたか」だけでなく、「なぜそのように語られたのか」「その背後にどのような不安や訴えがあるのか」を読み取る力が必要になります。この能力は単なる知識ではなく、読解力と共感力に支えられたものであり、医師としての価値を大きく左右します。 名医は、例外なく高い読解力を有するのです。 さらに臨床では、得られた情報をもとに鑑別診断を構築する必要があります。どの情報が重要で、どの情報がノイズなのかを選別し、仮説を立て、検証する。この一連の思考過程は、文章読解における「主題の把握」と「根拠の整理」と極めて類似しています。すなわち、読解力はそのまま診断推論能力に直結しているのです。 医師にとっても、患者さんにとってもとても重要なインフォームド・コンセント(説明と同意)の場面を考えてみましょう。 専門用語を並べるだけでは不十分です。相手の理解度や感情に合わせ、最も適切な言葉を選び、納得感のある説明を組み立てる。これは単なる説明ではなく、「相手に伝わる形に再構築する」という高度な言語運用能力を必要とします。 さらに医療はチームで行われるものです。 看護師や薬剤師、他科医師との情報共有においても、曖昧さのない正確な言語化が求められます。カルテ記載一つをとっても、事実と解釈を区別し、簡潔かつ論理的に記述する力が不可欠です。 「言葉の処方」を間違える医師は、どれほど医学知識があっても、信頼を勝ち取ることはできません。 国語力とは、単に日本語を操る力ではありません。「論理的に思考し、他者の世界を正確に理解し共感し、自分の意志を誤解なく伝える力」です。 そしてそれが受験生全体にも求められている力です。 だから、共通テストでは、現代と大きく時代背景や思想が大きく違う近代文学に登場する人物たちへの共感が求められるのです。 良い医師を目指すために、みなさんにはどうか正しい国語力を身に付けてほしいと心から願っています。

見るだけ勉強は時間の無駄?国語専門塾が伝える、RASによる「手を使う」語彙力アップの科学【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

今回は、国語(現代文)における学習で最も大事な一つである語彙力について書き留めたいと思います。 対象は、小学6年生以上になります。 小学生中低学年は別のブログでお伝えしておりますので、よろしければそちらをご覧ください。 賢い子に育てる家庭での会話【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】 - 修英塾 日進校 賢い子に育てる「最高の読み聞かせ~初級編~」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】 - 修英塾 日進校 賢い子に育てる「最高の読み聞かせ~上級編~」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】 - 修英塾 日進校 修英塾でも、小学生から高校生まで指導を行っていますが、国語(現代文)が不得意な子の共通点として語彙力不足が挙げられます。 で、これまた困ったことに多くの子が同じ覚え方をするんです。 それは、何度も読むという方法。 子ども達に「どうやって覚えたの?」と聞くと、「何度も読んだ」と誇らしげに言うのです。 ちょっと待って…💦見るだけで覚えられるの? そんなことができるなら、塾で学習する必要なくない? とかいろいろ考えてしまいます。 残念ながらこの方法、もっとも楽でコスパがよさそうに見えるのですが、はっきり言うと最悪の学習法です。 最近は東大生というブランドがSNSで多いに需要があるせいか、様々なシーンで見かけます。で、多分に漏れず私が眺めるSNSでも東大生が発信する勉強の仕方の動画コンテンツがたくさん流れてきます。 結構面白いので掘り下げて見ていくと、視聴者数狙いのインパクト重視で中身があまり伴わないコンテンツ以外は、ちゃんとみんな内容が共通しています。 決して目新しいものではなく、「そりゃそうだよね」という内容。 ズバリそれは、 さぼらずやり続けること 手を使って書くこと です。 面倒で、粘り強さが必要なためぱっと見今の時代に合っていないような印象を受けるのですが、結局真理はそういうことなんです。 確かに興味のある内容だったら、読むだけで頭に入ることもあると思います。 しかし、語彙に興味のある人なんて、物書きの人や国語に携わる我々のような人間以外はほぼ皆無(笑)。 だからこそ正攻法で語彙力を攻略する方法について、国語専門塾の立場と、科学的エビデンスを以ってお伝えしたいと思います。 「ペン先」が脳を強制起動させる~手は「露出した第二の脳」である~ 国語の成績が伸び悩む生徒の多くに見られる共通点、それは「語彙学習を眺めるだけで済ませている」ことです。英単語でも漢字でも、ただ言葉を視覚的に追うだけの勉強は、脳にとって「受動的な作業」に過ぎません。これに対して、ペンを握り、自分の手で文字を書き記す行為は、脳科学の視点から見れば全く異なる次元の運動なんです。 人間の手、特に指先には膨大な数の末梢神経が集中しており、脳の広い範囲と直結しています。カナダの脳外科医ペンフィールドが作成した「ホムンクルス(脳の中のこびと)」の図を見れば一目瞭然ですが、脳の運動野や体性感覚野において、手が占める割合は驚くほど巨大です。つまり、手を動かすことは、脳の大部分を直接刺激しているのと同義なのです。これを「手は露出した脳である」「手は第二の脳」などと呼ぶ所以です。 脳には、網様体賦活系(RAS)という機能があります。 これは、今の自分に必要なものだけを瞬時に仕分ける、いわば高性能なフィルターのようなものです。 脳は、目や耳から入る情報すべてをインプットするとパンクしてしまうため、RASが大切と判断した情報だけ脳に送るのです。脳は毎日、目から入る膨大な視覚情報を処理していますが、そのほとんどを「不要なノイズ」として捨て去っています。 つまり、ただ眺めているだけの言葉は、脳にとって「景色の一部」として処理され、記憶のゴミ箱へ直行してしまうのです。 しかし、書き込み作業はRASに「これは生存に必要な、重要な情報だ」と認識を改めさせます。フィルターが書き換えられるのです。このことで、脳は学習モードへと切り替わり、言葉を深く受け入れる準備を整えるのです。 ペン先から伝わる振動が脳を覚醒させ、集中力のギアを一段引き上げる。 この「脳の強制起動」こそが、語彙習得における最初にして最大のハードルを越える鍵となります。 「視覚」+「運動」のデュアルエンコーディング~二重の楔を打ち込む~ 語彙が定着しないと嘆く生徒に欠けているのは、情報の「多角的な入力」です。文字を目で追うだけの学習は、脳の視覚野という限定的なエリアしか使っていません。これは、試験本番の緊張感の中で「見たことはあるけれど思い出せない」という、最も悔しい事態を招きやすくなります。 そこで重要になるのが、専門用語でデュアルエンコーディング(二重符号化)と呼ばれるメカニズムなんです。 これは、ひとつの情報を「言葉(視覚・意味)」と「イメージや動き(運動)」の複数のルートで脳内に保存する手法です。手書きで語彙を覚える際、脳内では文字の形を捉える視覚情報に加え、ペンを動かす指の軌跡、筆圧、紙の質感といった「運動感覚」が同時に処理されます。つまり、一つの言葉に対して、脳の中に「視覚のインデックス」と「運動のインデックス」という二つの索引が作られるのです。 この二重のバックアップ体制が、記憶の強度を劇的に高めます。 例えば、記述解答で言葉に詰まったとき、「頭では思い出せないが、手を動かしてみたら自然と漢字が書けた」という経験はありませんか。 これは脳に刻まれた「運動記憶」が、視覚的な度忘れを補完した結果です。特に抽象的な概念語が多い現代文の語彙などは、意味を理解するだけでなく、その言葉を「自分の体の一部」として書き慣れておく必要があります。 また、手書きのプロセスには「声に出して読みながら書く」という聴覚の追加も容易です。視覚・運動・聴覚という三位一体の刺激を脳に送り込むことで、記憶の楔(くさび)は何倍も深く打ち込まれます。効率を求めてタイピングやアプリの選択問題だけで済ませようとする風潮がありますが、長期記憶としての定着率を考えるならば、アナログな「書き込み」に勝るショートカットは存在しないのです。 だからこそ、語彙力学習は「言葉も意味も全部書き出す、読む」ことが最も最強なんです。 「書くスピード」が思考を深くする~スロー学習の逆説的な効率性~ 現代の学習環境はタイムパフォーマンスが重視されますよね。 ただし、こと語彙の習得に関しては、その便利さが仇となることがあります。スマホの画面をスクロールする速さや、キーボードを叩くスピードは、人間の「思考の熟成速度」を追い越してしまうからです。これに対し、手書きという行為には、物理的な「適度な遅さ」が伴います。 実は、この「あえて時間をかけること」こそが、語彙を深く血肉化するために不可欠なプロセスなんです。 ノルウェー科学技術大学(NTNU)の研究などでも、手書きをしている最中の脳は、タイピング時に比べてより複雑で広範囲なネットワークが活性化していることが証明されています。ペンを動かし、文字を構成する一画一画を丁寧に綴っていく数秒間。このわずかな時間の猶予こそが、脳がその言葉の意味を咀嚼し、既存の知識と結びつけるための「熟考の時間」を生み出します。 例えば、「乖離(かいり)」という言葉を覚える際、ただ眺めるだけなら0.1秒で終わります。しかし、その複雑な画数を指先に意識しながら書き写す間、脳内では「離れるという意味だな」「対義語は何だろう」「あの文章で使われていたな」といった連想が、無意識のうちに幾重にも重なります。この情報の重なりこそが、読解力に直結する「生きた語彙力」の正体です。パッパと表面を撫でるような学習では、言葉の芯まで熱が伝わりません。 て多くの生徒を見てきましたが、一見遠回りに見える「書き取り」を愚直に続けた生徒ほど、模試の後半で粘り強さを発揮します。彼らは単に言葉を知っているだけでなく、その言葉を使いこなすための「思考の土台」が手書きによって強固に築かれているからです。スピード重視の現代だからこそ、ペンを手に取り、一字一字に魂を込めて脳に刻み込む。 無駄とも思えるその時間が、志望校合格を引き寄せる確かな実力へと変わっていくのです。  

低学年こそ国語の勉強が必要【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

国語の学習は、「生きる力」を育むものだと個人的には思っています。 今回は「生きる力」について少しお話しましょう。 実は中学受験の学習は賛否両論ありますが、間違いなく「生きる力」を身に付けることができます。 中学受験で手に入る力 では、「生きる力」とは一体どのようなものでしょうか。 結論から言うとそれは、 ①グリッド ②レジリエンス ③一生物の学ぶ力 です。 具体的に説明しましょう。 ①グリッド=努力する力 です。 物事をなすのに、必ず努力が必要になります。関係ないですが、昨今、忙しい人が多く、コストパフォーマンスが良いものが世の中に受け入れられている傾向があるせいか、「15分で〇〇できるようになるたった一つの方法」のようなものがとても多いですよね。 しかし、世の中そんな単純で甘くありません。思考を重ね、歯を食いしばって頑張る力というのが身を結ぶ最善の方法であることは今も昔も変わらないのです。そうやって量をこなした人にしか効率、つまり質は身に付きません。 まさしく「量」は「質」を伴う、なのです。 ②レジリエンス=立ち上がる力 です。 これはいわば失敗から学んだり、挫折から立ち直りチャレンジし続ける力のことです。 挫折は誰にでもあることですが、失敗を修正して次に生かせる人はやはりそれだけ成功に近づけるものです。 特に、中学受験を志す子どもはこの力が極端に高い傾向にあります。 理由は簡単です。 中学受験特有のテストの多さがこの力を生んでいるのです。 まあ、テストで悪い点を取ったとしてもすぐに次のテストがあるので、「そこで頑張ればいいや」と開き直ることができますよね。これが結果的に強い心を生んでいるという訳です。 ③一生物の学ぶ力 成長するためにとても大切で、経験したことを言語化し、個別の案件から一般的な概念に抽象化し、広く汎用できるよう、自分の血肉とする力のことです。一般に言われる帰納法というものがこれです。 これがあってはじめて①と②が活きてきます。 国語力が生きる力につながる 実は、ここに必要な力が「国語力」なのです。 具体的事案を概念に抽象化する思考はまさしく「言語化」です。 例えば、テストで全教科思うような点数が取れなかったときに、言語化が乏しい子は 「勉強が足りなかった」 「ミスが多かった」 で済ませます。 しかしこれだと残念ながら次回も同じ結果になるのは予想できますよね💧 ところが、言語化が上手だと、勉強が足りなかったのは何が原因なのかを考え、勉強時間が少ないことに気づき、じゃあそれを増やすために何をするか、というように建設的に考えることができます。 ミスについても、原因を考えると、すべて同じ原因にたどり着き、それがミスではなく練習不足だったことに気づき、新たにピンポイントでその部分を練習する、と無駄のない学習にたどり着きます。 まさしくこれは言語化する「国語力」なのです。 国語力を身に付けることで、目標に向かってどのように進んでいくかを考え、うまくいかなければその都度修正を加え努力を重ねます。 その結果、やっぱりうまくいってもいかなくてもさらに見直しをして修正をかけていく…こうして成功を収めると、自分の中に確固たる自信や自己肯定感、実績が生まれます。めげない自己が確立されるのです。 なぜなら、「こうしたらうまくいく」という勝利の方程式が自分の中に確立されるからです。 そして、その文脈には必ず「国語力」がはたらいています。 国語の学習は、「生きる力」を育むものなのです。 そして、この力は低学年であればさほど苦労せずに習慣で身に付きます。 しかし実際には、小学校の低学年で力を入れているのは、国語ではなく算数の計算、という方はとても多いですね。 もちろんそれ自体は悪いことでもなんでもないのですが、計算も究極は「言語化」だと思っています。 なぜそのような計算過程をたどるのか その数字が適正なのか なぜそのような書き方をするのか などを考えて計算をすることがとても大切です。 つまり、すべての思考のもとは「国語力」なんです。 低学年のうちに言語化する思考癖を持っているとその後の成長が著しいことは間違いありません。 学年が上がってくると、修正がききにくくなってきます。 そういう意味で低学年から、国語の学習を始めることはとても理にかなっているのです。 国語力がもっとも大切という塾講師の本音 最後に、2025年のダイアモンドオンラインニュースにあった面白いニュースをご紹介します。 知窓学舎の塾長で、教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授である矢萩邦彦さんが寄稿された記事です。一部転載いたします。 「塾の授業についていけない、どこが分からないのかも分からない子は、まず、国語力を鍛えましょう。どの教科も根本的に分かっていない子は、国語でつまずいている場合が多いからです。 先生が言っていることが理解できない、教科書に書いてあることが分からない、何を問われているのかも分からない、といった子は、中学受験をする層にも結構います。親が気づいていないだけです。 そういった最低限がきちんとできるようになると、ようやくどの教科も伸びる可能性が出てきます。 つまり、国語のテストで点数を取るための国語ではなく、それより手前の国語力が大切。 それを身につけるには、子どもが主体的に意見を言って、大人がきちんと対話することが必要です。 これは、10人以下の授業ではできても、大人数の授業では難しくなります。」(一部抜粋)というものです。 後回しにされやすい国語という教科は、実はもっとも根源的であったという話です。 算数の多くの単元は、文章によるものです。これは文字通り文章による問題であり、文章の意味をきちんとつかめず、暗記で解法を覚えていては本当に「解ける」とは言わないでしょう。応用問題にも対応はできません。 しかし、文章の意味も解法の理屈も言葉できちんと理解していれば解けるのです。 現に私自身大手進学塾にて指導をしていたときに、こういったことはよく目にしました。小学生のみならず、中学生でも受験学年後半に入り、劇的な成績の伸長を遂げる子がいます。そういった子達の成績をまとめると、さまざまな要素がありますが、国語ができるという共通点があったのです。 さらに私自身、大手進学塾にて中学受験を志す子達を見た経験から、「今、大手塾に通っている生徒の二人に一人は、カリキュラムについていけない現状がある」という著者の意見にまったくもって同じ意見です。 ついていけない、もしくは難しいと感じているほとんどの場合、算数が原因です。 これは愛知県の傾向ではなく、全国的なものです。もちろん、本当に数に対して弱いという性質もあるかもしれません。しかし、その原因に読解力不足が隠れていることも頭のかたすみに入れておいていただきたいのです。

2026年度東海中学入試問題分析と対策【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

さて、今年も東海中学の入試が終わりました。みなさんお疲れさまでした。 戦い切って疲れたかと思いきや、全力で卒業までは遊び倒すタフさよ。 小学生のもつエネルギーは凄い、の一言です。 さて、東海中学入試問題の分析結果をのせていきます。 データから見ていきましょう。 合格者平均の推移 合格者平均点が2025年度は63.5点、2026年度は69.6点とここ10年の中では最高点となっています。昨年から約6点も上昇していることからもかなり易化していることが分かります。最高点も、昨年度は87点だったが、今年度は95点と8点もアップしています。 そしてこの傾向が4年連続で続いています。 例えば、合格最低点が2023年から2026年まで連続で229、237、242、247点と連続で上昇しています。国語だけで見ても合格者平均が54.9、51.9、56.3、61.7点とどんどん上がっているのです。 国語の合格者平均が過去10年で最高点ということは、これまでで最も難易度が低い問題だったことが言えます。 合格最低点は247点なので6割ちょっとでの合格になります。 国語の平均点の推移と4教科全体の平均点の推移がとても似ています。 他教科はそれほど似ていないのに。 これはいったい何を意味するのか。国語の難度が入試の難度に直結するのではないでしょうか。算数は例年60点前後で合格者平均が推移しており、大幅な上下がありません。理科社会も高得点で推移しています。国語が一番振れ幅が大きいのです。 つまり、国語が易化して取りやすいときは、必ず国語で取ることが求められるということなのです。算数は全国的にも難しい問題が多いため、受験生の間にあまり差が生じません。理科社会はその逆で問題が簡単なため、逆に合格する子たちの中ではあまり差がないのが現状です。そうすると、合否のカギを握るのは国語の点数なのではないでしょうか。 …とまあ、少し大仰に書いてしまいましたが、あながち真実かな、と感じることが多々あります。ある一定ライン以上国語能力がないと合格できないような…そんな気がします。あくまで経験則ですが。 さて、分析の続きをしていきましょう。 易化した部分をもう少し掘り下げていきます。 論説文 今年は論説文が物語の後に来ていました。まあ、それほど気にする必要もないのでしょうが…。柳瀬博一『アンパンマンと日本人』からの出典です。アンパンマンは、人間にある普遍的な利他性を結実させたものであり、やなせたかしの「心からの利他、目の前の人を助けたいという視座を根源とした思想」を形にしたものだということが論旨になります。全体としてかなり易化していますが、一つだけ例年通り解きにくい設問がありました。前出の小説と比較してその共通点を理解しているかどうかを問うスタイルを取り入れている設問です。首都圏では公立中高一貫の適性検査などを中心によくある形式ですが、愛知ではそれほどありません。ここで問われる力は「論旨をとらえる力」です。大意と言ってもよいかもしれません。文章の細部だけ読み込む傾向の強い小学生にはかなり荷が重い問題だなぁと思います。   小説 文章自体もそうですが、昨年度より易化しています。選択肢問題、記述問題ともに簡単になった印象です。難問は一つもありませんでした。ただ、「語彙力がない子どもを振るい落とす学校」であることは変わらず、言葉の知識はおろそかにできない印象です。出典は、藤ノ木優『スウィッシュ!』。裕福な家庭に生まれ、なんとなく生きてきた主人公愛奈と、貧しく大変な暮らしをしていても明るく前向きに生きて、不利な状況に挑戦し、気持ちの強さでそれを乗り越えていく羽瑠がバスケットを通して心を通わせていく物語です。東海にしては、珍しく大衆的で共感しやすい「挑戦」がテーマ。 挑戦無くして成功なし、という考え方に共感できる人であれば問題は解きやすいものになっていました。朝日新聞のコラムを掲載して共通点を見つけさせる設問が一つでていたので、前述の論説文と併せて「論旨をつかむ」練習は必要になりますが、全体的に随分簡単でした。 対策 物語文 「うれしい」「かなしい」といった単純な感情ではなく、複数の感情が入り混じった相反する心理を言語化する力が必要になります。一言で言い表せるようなものだけでなく複雑な感情を読み取る練習が必須です。 東海中学の選択肢問題は難度が高い傾向があります。 傍線部の前後10行以内に答えがあることがほとんど(文全体から考える問題は違います)なので、そこに書かれていない内容を選ばないようにします。 論説文 環境問題やアイデンティティについて書かれていたり、人間の根源的な精神について書かれている文章が多いです。 そのジャンルの文章に慣れることも必要ですが、分析のところでもお伝えした「文章の論旨をとらえる」力が何より必要です。 文章における筆者の主張をまとめて要約する練習などは、ある程度文章が読めるようになったら効果があると思います。

2026年度合格実績【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

個人塾なのでそんなに大人数ではありませんが、今年もたくさんの合格が出ました。 修英塾を卒業した人も、そのまま残った人も、みんなちゃんと巣立っていきました。 こうやって子どもやご家庭のために働けることはとても幸せなことだなぁとしみじみ感じます。 子ども達には、どこの学校に行っても、「努力し続けられた」という事実は変わりません。 誇りを持ってほしいと思います。 そして、その高い能力を自分だけのためではなく、世のため人のため日本のため世界のために生かしてほしい。より良い世の中を作っていくために皆さんの力が必要だという自覚を持って新たな世界を作っていってほしい。 そう、心から願います。 【合格】 大阪大学 名古屋市立大学 同志社大学 立命館大学   東海中学 滝中学 鶯谷中学(特奨Ⅰ) 愛知淑徳中学 名古屋中学 愛工大名電中学 愛知中学 春日丘中学 椙山女学園中学 星城中学 名古屋葵大学中学(特奨Ⅱ)

東海中学入試問題 国語における特徴的な選択肢問題【愛知県日進市香久山の国語・化学専門個別指導塾】

東海中学を受験するみなさんへ 少しでも受験生の助けになれば、と思いちょっとしたつぶやきです。 東海中学の入試問題には、特徴的な選択肢問題があります。 例えば2019年の物語文における選択肢問題です。 東海中学生が本文についてあれこれとディスカッションするものを選択肢にした問題です。 問題は割愛しますが、 本文では、思ったよりも好成績だったピアノコンクールの結果に納得している娘に対し、母親はプレッシャーをどんどんかけようとしてきます。それに対し、父親は娘に対し一定の理解を示すようなシーンがあります。 これに関する選択肢問題が非常に東海中学らしいな、と思うのです。 一般的に考えれば、母親に対するネガティブな感情と父親に対するポジティブな感情が謳われている選択肢を選ぶのがよいように見えますが、ここにいかにも東海中学らしいエッセンスが包み込まれています。 実は、この選択肢問題の解答は、母親に対してポジティブ、父親に対してネガティブな感情を謳ったものなのです。 一体どういうことでしょうか。 それは、本文をよく読むと、一見娘に対し一定の理解を示しているようなセリフが「いかにもまともに聞こえる」だけで、実はまったく娘のことを理解していなかったことが分かるのです。 本文をちゃんと読んでいる子は特に悩まず解けますが、「思い込み」で読んだり、解いたりする癖のある子は要注意です。 これは、世間一般にありがちなイメージの「子どもを追い詰める母と子どもに理解を示す父」の構図であり、さらりと読むと気が付きにくいものです。でも、実際のところは、子どものことを分かってはいるけれど、さまざまなプレッシャーや焦りによって子どもを知らず知らずに追い詰めてしまう母と、子どもをよく見ていない無関心な父とのやりとりです。 一般的に考えるとこうだよね、という思い込みに「本当にそうなのか?」と疑問を持てるかどうかを問う問題です。 東海中学にはこのような問題提起がままあります。 例えば、入試問題の本文でもそのような文章が過去に出題されました。 いわゆるステレオタイプと言われる、「世間一般的にはこうだよね」という考え方についての内容で、外科医は男性、という一般的な思い込みを覆す女性医師の話題でした。 一般常識を疑う力、ただの自己主張ではなく、一方的な意見に惑わされない真贋を見極める力を持った子どもに入学してほしいという、多様性を重んじる学校側の強い思惑が見て取れます。 そこを逆手にとる過去問対策だってあります。 どうしても迷う問題はあります。 過去問を解くときにそういう視点を持って当たると状況が打破できるかもしれません。  

現代文。設問から読むか、文章から読むか【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

設問が先か文章が先か 昔からよく議論されているこの議題。 私も、非常によく相談されます。 皆さんはどうお考えでしょうか。 私の答えは決まっています。 私の所見を言う前に。 大切なのは、そもそも「なんのためにこの議論をするか」ということなのではないでしょうか。 おそらく、この議論もしくは質問をする人は、「制限時間内に終わらせるために」という時間の問題としてこの議題を捉えているのではないかと思います。 一般的に、現代文において、設問を先に読んでおけば、傍線部でどんなことを聞かれるか頭に入れたまま本文を読むことができ、何度も読み直す必要がないため時間短縮がはかれて、点数が上がると言われているようです。 ここに大きな落とし穴が潜んでいるのがお分かりでしょうか。 とても重大なことを言います。 「何度も読み直す」…ってこれ、そんなことをする時点でそもそも文章の内容を理解できていないのではないでしょうか。 ちゃんと理解できていないからこそ文章を繰り返し読む回数をできるだけ減らしたい、ということなのでしょうが、だとしたらまずするべきは「ちゃんと文章を理解する力を上げる」の一択ではないでしょうか。 仮に設問を覚えながら文章を読み進められたとしても、文章を理解していなければ正確に解けません。 万が一、あまり思考を必要としないいわゆる指示語の問題のような表層読解の力をみる問題であれば、あるいは何らかの効果があるかもしれません。しかし、それは時間を短縮して点数を上げるという本来の目的に結果として反することになります。 明確な理由があります。 例えば、皆さんが心配事がある状態で仕事や勉強に取り組んだとして、果たして集中して時間短縮がはかれ、効率が上がるでしょうか。 答えは否、です。仕事や勉強をしていても、どこかで「あれはどうすればいいんだろうか…」とか「今ある問題よりももっとこじれてきたらどうしよう」とか「返事が気になる」といった不安により、作業が意識レベルで分断されるはずです。ものを読んでいても頭には入っていないのです。このような経験は誰でもあるのではないでしょうか。 実は、設問を先に読んでこれを覚えながら解くことはこれに非常に近いのです。 「設問を気にする」ことで頭の中のワーキングメモリを一定容量使うことになり、本来持てる能力をすべて本文読解に使うべきシーンで「ワーキングメモリ不足」を引き起こしてしまい、文章の理解が大幅に減少してしまいます。読解ができなければ、何度も何度も文章を読み直す必要が出てきてしまいます。 つまり、設問を先に読むことで、より問題を解くスピードも、精度も下がってしまうのです。   我が子の国語におけるワーキングメモリを測る 現段階でどのくらい我が子が国語のワーキングメモリを持っているのか、これは知っておいた方が今後の学習の仕方に良い影響がもたらされます。 やり方は簡単です。 60〜100字程度の記述問題をさせてみればすぐにわかります。 ワーキングメモリ不足の子は、主語や目的語もしくは述語がないことがままあります。 これは、本文内容を理解して尚且つそれを踏まえて文章を作成する、といういわばワーキングメモリを二分して作業するため、どこかで無理が生じてしまうからなのです。 あ、ウチの子これだわ…💧 と思われるかもしれません。 でも、安心してください。 これは、本文の内容を理解するのと、文章を組み立てるのに慣れてしまえば解決します。   「論理的思考」は人生を変える 修英塾では、「文章を内容だけでなく、構造的に捉える」練習をしています。 特に、100字要約を行うことでその効果は一定のレベルで出ています。 内容を深く理解し、構造的な視点でも文章を捕まえることができれば、「論理的思考」という一生涯の学ぶ力が身につきます。「論理的思考」を身につけることができれば、能力の飛躍を早くすることもできます。 まさに人生を豊かにする力だと言えるでしょう。 国語力は、人生の舵輪なのです。

中学受験での過去問の使い方②【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

過去問はどの年度からやるか さて、前回の「中学受験での過去問の使い方①」に続いて②の投稿です。 過去問の使い方と言われても、問題解いて答え合わせして間違えを直すしかないよ…と思っている方が大半だと思います。 他教科はそれでも良いのですが、国語についてはちょっと毛色が違います。 国語は同じ問題が二度と出ません。 だから解き方に汎用性を持たせなくてはなりません。 いわゆる「どんな文章が出ても解ける」状態にするのがベストです。 しかし、そうも言っていられない状況だってありますよね。 例えば、志望する中学の偏差値と現在の自分の偏差値に大きな乖離がある場合。 どんな文章が出ても解けるように、などと綺麗事は言っていられません。 他は全部ダメでも良いから第一志望校だけは合格したい!という思いでその学校の過去問をひたすら解いている子にはそんな言葉は全く響きません。 学校の偏差値によりますが、半数近くの方がそういった状況にあります。 ならば、志望する学校の入試ではどういった文章が出題されるのかということを熟知しておかなくてはなりません。出題されるジャンルを掴み、その対策に時間を投入することになります。 対策には選択と集中が必要なのです。 で、過去問の話になりますが、過去問は、たくさんあるほどよく、古い年度からやるのがベストです。 他教科に比べて国語の入試問題は、その学校が求める生徒像に強く関係する文章が出るという意味で、文章や難易度の大幅な変更がない教科です。 ですから、古い年度で十分な修練を積んでから最新年度に挑む構図が理想です。 自由作文 多くの学校には、必ず出題されるタイプの問題というのがあります。 これは出題する学校が限られますが、典型的なものが自由作文。 決して簡単とは言えませんが、対策がしやすいものの一つになります。 過去問を1年分通してやることも大切ですが、試験時間から逆算して、自由作文にかけられる時間を計算し、その制限時間の中で解くという過去問対策をお薦めします。 選択肢問題への取り組み方 選択肢問題は、簡単なものであればよいですが、基本的に文章が正しく読めていなければ解けないものが多くあります。 選択肢問題で気を付けなければならないのは、 「正解とならない選択肢こそどこが違うのかを正確に、しかも極力短い部分に線を引く」ことです。 当たり前に思うかもしれませんが、意外とちゃんとやっている子は少ないです。 正しいものを選ぶだけでなく、間違えているものも「何が違うか」を明確にすることは深い読解を必要とするものなのです。 ただし、これは限界があります。 どのような限界かというと、線を引いた部分が果たして正確なのかどうかが自分だけでは判断できないからです。 最終的には、それをだれかに見てもらう必要があります。 実はこれをたくさんしていくと、その学校の選択肢を作る人の癖がなんとなく分かってきます。 そうすると、「ひっかけポイント」が見えてくるのです。 こういうものは、教わって身につけるより、体で覚えた方が何倍も効果があります。 少し慣れてきたり、同じ過去問の2周目であれば、 選択肢問題は「本来は記述しなくてはならないが、あえて選ぶ形式にして答えを用意してくれているもの」と捉えるとよいでしょう。 大まかで結構です。選択肢を読まずに設問を読んで、「だいたいこんな感じかな?」くらいの輪郭が思い浮かんだらそれに近い選択肢を探すという解き方をします。 面倒ですが、解答作成力が確実に上がります。 このときに注意すべきことがあります。それは、「選択肢ごとに本文を読み返さない」です。(これがまた実に多いのです…) 選択肢を見るごとに本文の最初から読み直す作業はおよそ考えうる最も最悪の解き方です。 というよりむしろこの場合、「本文の内容を理解できていない」可能性が高いです。 選択肢にある文言と同じ文言を探す「ウォーリーを探せ」の心理になっています。 ウォーリーを探す時間は何も生み出さないため、本文の意味を理解する学習に切り替えましょう。 取捨選択をする 過去問で高得点が取れるならそれに越したことはありませんが、まずは取らなくてはならない最低点を決めたら、そこから逆算して「間違えてもよい、もしくは解かなくてもよい問題」を決めましょう。 思い切ってその問題の対策はとらない勇気を持つことも必要です。 制限時間内に解けそうにないときは、まっさきに「捨てる」段取りをしておくと、本番で心に余裕が持てます。 大概の入試問題は6~7割取れればよいわけですからその点数を取れるように他の問題の対策に精一杯の努力と持てる時間を集中するのです。 いわゆる選択と集中です。 直前期は、理科や社会の学習時間も多く取るべきです。 入試直前期の学習は「あれも、これも」という足し算ではなく、引き算の発想でいくのが成功の秘訣です。 過去問は最後までやる 時間を測って解く、という練習は当然必要です。 ただ、制限時間過ぎたらどうするの?とよく聞かれます。 私は「最後まで解いてください」と答えます。 ただし、制限時間が来たらいったん鉛筆を置きます。 そして、青ペンに持ち替えて再び解いていきましょう。 解答用紙が鉛筆と青ペンで2色になります。 これで、どこで時間切れになったかが分かります。解くべきところを全部解き終わったら答え合わせを行いましょう。 あきらめ癖をつけない 「見切り千両、損切り万両」という言葉があります。 投資において、まだ損失が浅いうちに見切りをつけることには千両の価値があるが、損失をさらに大きくさせないように、ある程度の損失を覚悟して売買することは万両の価値がある、という相場格言です。 入試に損切りはありませんが、制限時間内でいかに見切るか、というのはとても重要です。 一般的に言われるのは、一定時間経ったらやめて解答を読み理解して再度解きなおす、というものです。 当たり前と言えば当たり前です。 しかし、必ずしもそうではない、と教えられたことがあります。 もちろん大前提として言いますが、限られた時間の中でどのように効率的に点数を取るかが入試においては最重要であることは自明です。 「解けない」と思ったらすぐ見切って次へ行く能力はまぎれもなく必要です。 当然、私もかつては明白な事実として、相談されたときは何も考えずにそう返していた時期がありました。 私の固定概念を覆したのは、一人の女子生徒です。 理科の天体に関する入試問題でした。 「先生、家帰ってまた考えるから解説聞かなくていい?」 と言って解説時間中、目と耳をふさいでいました。 その子はその問題を2日間にわたって考え続けていました。 授業後にもう一度考え、家に帰って寝る前にまた考え、学校の授業中にまた考え(学校の先生すみません)という具合に、です。 大分憔悴していたようです。 3日目にどうしても分からなくて答えと考え方を私に聞いてきました。 解法を聞いた時の彼女の顔が忘れられません。 解けなかった自分の不甲斐なさを嘆くような、思考の幅の狭さに憤っているような鬼の形相でした。 自分の力でとことん考えつくすという姿勢は脳科学的に良いと立証されていましたが、私はそれは入試には特に必要ない、と考えていたのです。 しかし、その日を境にしたかどうか定かではありませんが、その後の模擬試験で彼女の偏差値が20以上上がり、それをキープしていたことは記憶に鮮烈に残っています。 彼女は、女子最難関と言われる学校に合格していきました。 解くという目標を達成するために堅忍持久という精神論もときには必要だと思い知らされました。 早く答えを知りたいという欲求を抑え、頭を常に戦闘態勢において、解けないかもしれない問題を考え続けるという不屈の精神が間違いなく彼女の中で大きく花開き、能力を飛躍的に向上させた瞬間だったと思います。 もちろん、稀な例だと思います。 しかし、長くこの仕事をやっていると、そのように「化ける」生徒をたまに見ます。 前触れなく、ではなく因果関係がはっきりしているのは確かです。 時間と戦う受験生にとって考え続けるというのは簡単なことではありません。 解けない問題は早く見切って次へ行くのがセオリーです。 ただし、この「見切り」がときに諦めや妥協に変わることが多いのも直前期学習の特徴です。 見切りとあきらめは違います。 ときには「勝てないかもしれない問題にひたすら粘って挑戦し続ける」ことも重要なのかもしれません。 彼女は、その後一流企業に就職し、キャリアを積んだ後、自分で会社を立ち上げ、起業家として多くの人材育成に携わっているそうです。

中学受験での過去問の使い方①【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

9月からの過去問演習 多くの受験学習塾は、小6の夏期講習以降から本格的に過去問を解いていきます。 余裕を持って志望校に合格する学力がすでに備わっている子どもを除き、ほとんどの子どもは急に問題が難しくなったと感じることでしょう。 自信をなくした結果、解ける問題が解けなくなり、やる気までなくしてしまいます。毎月の模擬試験での結果も驚くほど下がり、「もう志望校は届かない」と思わせられることもあります。 志望する学校が難関校であればあるほどその傾向が強いようです。 このタイミングで中学受験を断念するご家庭もあります。 もしくは、高校受験コースがあれば、そちらで頑張ろうと考えることもあるでしょう。 こういうとき大手塾では「まだまだ大丈夫です。これからが勝負になります」と言います。 しかし、具体的な勝負の仕方は教えてもらえないまま受験直前期を迎え、最終面談では「そろそろ現実的に考えましょう」と言って、併願校への志望シフトチェンジを促してきます。 何もそれは悪意のあることではなく、その段階で考えれば極めて正しいアドバイスなのですが、「ここまでやってきたのに…」との思いは簡単には消せません。 夏期講習後の9月から10月はそういう意味で「魔の月」です。 もし十分に覚悟していたとしても、実際に志望する学校の過去問が全然解けない、となると精神的な負担は非常に大きいのです。普段それほど志望校に対して強い思いを持って努力しているとは言えないが、それなりにやってきたのに過去問でガツンとやられてしまい、完全にやる気を失ってしまう例は後を絶ちません。 ではどのように対策をしていけば良いのでしょうか。   過去問はあるだけやる、が正解 過去問については、私の個人的な意見ですが目的は「その学校の入試の雰囲気を体で覚える」ことだと思っています。 合格するために知らなければならないものは、問いの形式、文言の特徴、選択肢問題の出題の仕方、文章の傾向、どのくらいの時間をかけてどこまで解くか、警戒すべき問題、解くことに執着しなくて良い問題の見極め…など例を挙げるとキリがありません。 もちろん点数も重要です。 「合格ラインを取るためにどことどこまでできていなければならないか」という作戦を立てて、それに近づくべく過去問を解いていきます。ですから、過去問は古い年度があればあるだけ良い、というのが私の持論です。 というのは、国語に関しては他教科に比べ傾向が大きく変わることが少なく、難易度の変移があまりないからなのです。文章も毎年似た雰囲気の文章が出題されます。それは学校が求める生徒像が国語の文章に反映されるからです。学校の理念が変わらないかぎり、その学校の求める生徒像についても基本的には変わりません。 つまり出題される国語の文章の根底にあるものは毎年変わらないのです。 雰囲気が近い文章が出題されると言っても良いでしょう。 それは、論説文だろうが物語文だろうが随筆文だろうが同じです。 だから、国語の過去問は年度が多いほど良いのです。 合格するのに高得点を必要とする医学部を受験する高校生などは、共通テストの過去問を20年、30年分解くことは当たり前と考えています。 資格の勉強においても、ほとんどの場合過去問をどれだけやったか、というのが合否を決めます。 過去問の使い方については、 時間を測って解き、丸つけをして間違えたところを直す、というのが一般的だと思います。 でも、なんとかして合格ラインギリギリを狙っていく子ども達にとって、9月10月の時点で、時間内で解ける問題がどれだけあるのでしょうか?もし、解けたとして、本当にちゃんと考えて解けているのでしょうか? そうでなければ、過去問をやる時間はただの精神的な苦痛を伴うものでしかなくなってしまいます。 実は、過去問をやることには一定の心理的効果があります。 それは、「漠然とした安心」です。 一度は解いた。 間違え直しもした。 次はもっと取れる。 過去問を数年分一通り解いて終わってしまう子どもの持つバイアスです。 例え合格ラインに届いていなくても、まずはやったという事実がこういった思考の偏りを招きます。 このバイアスの危険性は、同じ過去問を何度も解いて、最終的に合格ラインに届いた時にもっとも発揮されます。 「合格ラインに届いた!」という安心感です。 過去問で合格ラインを取ることを目標とするとこのような錯覚に陥ってしまいます。 過去問をやる目的は「過去問で合格ラインを取ること」ではありません。 その学校の入試問題が持つ特異な空気とでも言いましょうか、少しスピリチュアルな伝え方になってしまいますが、その学校の入試問題が放つ独特のオーラのようなものを体で覚え、合格ラインを取るためにどの順番でどこをどのくらい時間をかけて解いていくかの作戦を立て、それを実際に練習していくためのものなのです。 受験生は、時間との戦いです。 他教科も勉強をしなくてはなりません。11月近くともなれば、通っている塾から、理科や社会の戦略的集中学習を強いられます。ここで、あれもこれもやらなくては、という「足し算」ではありません。 受験学習は「引き算」です。 何をやるかではなく、何をやらないかを決めて学習することが大切なのです。 過去問の使い方についても同様のことが言えます。 具体的な過去問の使い方については、次のブログでお伝えします。 近日中に上げていきますね。

新井紀子著「シン読解力」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

現代において読解力はもっとも必要な力である 以前のブログにも書きましたが、RST(リーディングスキルテスト)というものをご存じでしょうか。 これは、「シン読解力」著者の新井紀子氏が膨大な量のデータをもとに作成した「教科書を読む力」を測るテストのことです。 本書によると、「教科書」=「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」です。これを自力で読み解く力を測るテストのことをいうそうです。 教科書は、解釈が一意に決まる文書ですから、読み解いた先にある解答は必ずひとつです。それをきちんと自力で把握できるかを調べることができるテストがRSTという訳です。 現在、活字離れと言われて久しいですが、実際は私たちが1日に読む文字数は以前に比べて明らかに増えています。SNSだけが理由でなく、仕事のやりとりが、メールや添付ファイルなどに置き代わったからでしょう。 つまり誰しもに文書を作成する力を求められる時代なのです。 高度経済成長期には、そのような能力はエリートの一部にしか求められていないスキルでした。しかし、現在はメールの普及によってほとんどの職業に求められるようになりました。大量に流れて来る説明文を正確に読みこなし、正しい返答を文書によって行う、ということが当然に期待されています。 さらには、生成AIの台頭により、話がややこしくなりつつあります。 実は、生成AIは、息をするように嘘をつきます。それは設計上避けようがないものであり、その説明は今回割愛しますが、生成AIを使って生産性を向上させようと思ったら、少なくとも生成AIが出力する文書を裏付ける資料や文章を読みこなす能力が必ず必要になります。 その文章とは、さきほどの「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」なのです。 それらを自力で読み解く力がない限り、生成AIを使うことでかえって生産性が下がる可能性があります。 そういう意味で、現代において、もっとも必要なスキルの1つが「読み解く力」つまり読解力であると言えます。   RST(リーディングスキルテスト)とは? 実際に行われているRSTの問題を紹介します。じっくりではなく、できるだけスピーディに解いてみてください。 Q 次の文を読みなさい。 アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。 この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。 【文】セルロースは(   )と形が違う ①デンプン  ②アミラーゼ  ③グルコース  ④酵素                               (新井紀子著「シン読解力」より抜粋) 化学の知識がなくとも、答えは①のデンプンだとお分かりになるでしょう。 しかし、この問題を出されてアミラーゼを答えていた生徒が多かったそうです。 お分かりでしょうか。 これはまさに教科書を読むことができない生徒が多いことの証左なのです。   私が国語教育を志した理由 このような現象はなぜ起こるのか、ということも検証されています。 著者は、子ども達の「学習言語能力不足」を挙げています。 現在、日常会話で使う「生活言語」と教科書で用いる「学習言語」は、構造も語彙も異なります。生活言語だけで育った子どもは、抽象的・論理的を理解できず学習が止まってしまいます。 生活言語のレベルが教科書と同等ならば問題はないのですが、ご存知SNSに出てくる文章は、誰もが好きな時に好きなだけ発信できます。当然、推敲などという面倒な作業はありません。 だから、文法的にめちゃくちゃな上、何が言いたいのかわからない文章がごまんとあります。 それを読んで手前勝手な解釈をしてコメント欄が荒れるという救いのない場面もたくさん見ます。 そんな生活言語だけで育つと、教科書を理解できないため自学が不可能となります。 そして、新井先生曰く、今の学校教育だけでは言語能力は十分に伸びず、特に15歳前後を境に成長が停滞する傾向がある傾向があるというのです。これは仮説ではなく、膨大な試験、データ、統計に基づく確かなものでした。 「シン読解力」を読んで膝を打つ、というよりむしろ背筋が冷たくなったことを覚えています。 私自身のとっていたデータから言っても、まさに中3前後で学力が停滞する子どもは、多くが模試の国語の成績が良くない、もしくは授業を理解する力が弱い言語力に不安を抱える子達だったのです。 何よりも私自身学生時代、国語が絶望的に苦手であり、まさに中3の時期に成績が頭打ちになるどころか、どんどん下がるという同じ現象を身をもって経験していたのです。 そんな子どもを増やしてはいけない、と強く思いました。   生活言語と学習言語は違う ここで、少し付け足しをしておきます。 先ほど15歳前後を境に成長が停滞する、という話をしましたが、ここにある傾向があります。新井先生の話と私自身の経験がピタリとあったもう一つの例です。 それは、停滞する原因は数学や理科であることが多いことです。 これは先ほども述べたように、言語が、日常会話で使う「生活言語」と教科書で用いる「学習言語」に分かれていることに起因します。いくら日常生活で言葉を多く使っていたとしてもそれは「生活言語」の中での話です。 「どうして?」という言葉一つをとっても、単に理由を聞いているのか、「そんなことを言わないで」という懇願だったり、「なぜ今のタイミングでそれを言うのか」といった様々な意味合いがあります。文脈や関係性によって、またその時の声質で異なるのです。だから言葉はとても豊穣かつ潤沢とも言えます。 しかし、そのような言語表現は、残念ながら「積み上げ」する性質を持ちません。 「積み上げる」性質を持つのは、学校での教育で使われている言語、つまり教科書で使われている言語である「学習言語」です。これを習得していないと、それを中心に組み立てられる科目である数学や理科(高校生であれば特に物理・化学)でついていけなくなる現象が起こってしまうということなのです。 本を読んでいても、国語の成績が良くないケースも原因はこれに当たると思います。 いくら小説で日常的な生活言語を覚えても、学習言語の習得がされていないからです。   対策は? 「じゃあ、どうすれば読解力がつくの?」と聞かれそうですが、残念ながら「こうすれば読解力がつく」と言う最短にして最速の方法はありません。 地道に積み上げること、じっくりと焦らず丁寧に積み上げることしかありません。 様々な道がありますが、まずは「語彙力」です。 時間がない中で覚える、となると語彙力プリントや語彙力テキストを使って機械的に覚えていくことになってしまいますが、できれば、低学年の中から先生や保護者の方が絵本の読み聞かせや童謡を歌わせるといったことで体から語彙を獲得させるのがベストです。学年が上がってくれば、その中に科学的読み物も入れて読んであげたりすると良いでしょう。 できれば、親や先生以外で、年輩の方と話す機会が多ければ多いほど言葉を覚えます。 ただし、辞書で調べるのは基本的な語彙が備わっていないと使いこなすこと自体が難しいです。 テキストで覚えるにしても、下手をするとその語彙の説明を読んでもわからない、ということもあるかもしれません。その場合は、時間はかかりますが周りの人間が例えを使って説明していくしかありません。 語彙力が少ない場合や低学年の場合は、実際のケースを見聞きしてそこから「ああ、こんな意味なんだ」と理解させる帰納法が、語彙力をつける良い方法です。 語彙力がつき、学習言語を習得すると、抽象的な説明を読んで自力で意味が理解でき、具体的な事例に落とし込めるようになります。これを演繹法と言います。 語彙力がついてくれば、実際に文章を読む上で読解に必要な力のうち何が足りていないのかの分析をし、それに対して手を当てていく必要があります。 それは、集団の授業ではできません。 だからこそ修英塾の国語指導は完全個別1対1なのです。 読解力の習得には、本人のやる気や好奇心は当然のこと、時間がかかります。 よく受験学年になって、慌てて問い合わせをしてくるご家庭が多くあります。 お子様の状況にもよりますが、ある程度の読解力をつけるのに年単位で時間がかかることも珍しくありません。 場合によっては2年や3年以上かけてじっくり読解の力伸ばしていく必要がある子どもだっているのです。 「塾に行かせて力をつける」ことも大切です。 長文の読み方、記述の答え方、設問の分析の仕方などそこでしか学べないことがたくさんあります。 しかし、実は母語の習得には、ご家庭での取り組みこそが大きく影響することがわかっています。 以前のブログでもお伝えをしているのですが、言語能力のほとんどは遺伝ではなく家庭環境に原因があることが分かっています。 育児や仕事で時間がない中、保護者は大変です。 しかし、どうかわが子に豊かな人生を歩ませるために、ご家庭での取り組みも大切にしていただきたいと思います。

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